海の勇者として知られるヨハネス・クヌッセン機関長の殉難60周年に際し、美浜、日高両町と県は機関長の祖国デンマークを訪問した。2日出発、8日帰国の日程で、下宏副知事、森下誠史美浜町長、松本秀司日高町長ら10人が参加。森下、松本両町長と機関長の生まれ故郷、フレデリクスハウン市のビアギッテ・ハンセン市長の3者は「友好提携に関する覚書」にもサインし、次世代への機関長の遺徳伝承、友好親善関係の一層の深化をあらためて誓い合った。
美浜、日高両町訪問のメイン行事となる覚書署名会は現地時間4日にフレデリクスハウン市役所で開かれ、下副知事立ち会いの下、3者が覚書にサイン。覚書には「1957年2月10日に和歌山県美浜町日ノ岬沖で発生した貨客船エレン・マースク号のヨハネス・クヌッセン機関長の殉難に深い哀悼の意を表するとともに、今日の友好関係が末永く続いていくことを目的とし、友好の礎となったクヌッセン機関長の遺徳について次世代を担う若者に伝承し、現在の友好親善関係を更に深化させるべく互いに尽力する」と書かれており、日本とデンマークの外交関係樹立150年、機関長生誕100年の記念の年でもある今年、あらためて海の勇者が取り持つ関係の強化、発展を誓い合った。
デンマーク訪問には、美浜町から谷重幸副議長、古屋修教育長、日高町からは清水正巳議長、玉井幸吉教育長も参加。機関長の墓参り、機関長の顕彰コーナーがあるバングスボー博物館見学のほか、日高高校と姉妹校提携を結んでいるフレデリクスハウン高校や機関長の貨物船が所属していた海運会社「マースクライン社」の訪問も行った。機関長の墓参りでは森下、松本両町長が献花、手を合わせて冥福を祈った。墓参りの様子は地元紙の1面トップと中面見開きで大きく報じられ、現地でも話題になったという。
帰国後、森下町長は「きっちりと書面で友好関係の深化を確認したのは初めてのことで、記念に残るだけでなく、明日へ向かっての交流の発展に大きくつながることと思う」と訪問の意義を強調し、「ハンセン市長には、ぜひ日本へも来てほしいと強くお誘いもしてきた」。松本町長は「マースクライン社では田杭の方々の供養に対し、尊敬の念しかなく大変ありがたいとのメッセージをいただいた。大変意義のある訪問だった」と話していた。
クヌッセン機関長は火災を起こした日本の木材運搬船を発見。悪天候のなか救助に当たり、海に落ちた船長を助けるため飛び込んだところ、荒波にのまれて亡くなった。美浜、日高両町や関係機関では、機関長が亡くなって3日後に遺徳顕彰会を発足させ、毎年、命日に合わせて慰霊献花の集いを開催。機関長の遺体と救命艇が発見された日高町の田杭区では供養塔が建てられ、いまも区民が交代で「クヌッセン花当番」を務めて定期的に献花するなどの慰霊、顕彰活動が続けられている。

