「この仕事を長くやっていると、人の言動にいちいち裏を深読みする癖がついてね。何事も素直に受け入れられなくなって、ときどき自分が嫌になるよ」。20年以上前、大手メディアの先輩が自嘲気味に笑って話してくれたことがある。当時はそれは性格の問題では、と深く考えもしなかったが、なるほど、経験を重ねるにつれ言葉の意味がよくしみる。
 言葉の裏を読むのは、悪くいえば「猜疑」や「不信」でネガティブな心の働きで、人聞きもよくない。しかし、政治家や地域、団体のリーダーとの付き合いも多い記者にとっては、その人たちに利用されないためにも必要不可欠な習性である。
 次は誰かの都知事選。居酒屋チェーンの社長は、「私は絶対に税金で贅沢はしない」と欲のなさを自らSNSでアピールしているが、実際に親交のある従業員や友人、面識ある記者はこれをどう感じているのか。この言葉に裏はあるのか。「清廉潔白=政治家としての資質」という発想がどうなのか。
 まちが大きいほど、選挙の候補者と有権者の距離は遠くなり、ほとんどの人は候補者の実際の人となりを知らない。顔や年齢、経歴、新聞に載っている公約を読んで自分の価値観に照らす。18歳の高校生にも向け、記者の人を見る目はますます重要となる。
 功成り名を遂げた立志伝中の人物に憧れ、自分もそうありたいと考えるのは大事なことではあるが、リーダーとしての求心力や統率力は、人前でのスピーチや上から下への訓示だけでは身につかない。
 日ごろから現場に立ち、目の前の問題に向き合い、まちのため、会社のためにどれだけ汗を流しているか。己の欲望と体裁ばかりに気をとられ、身近な人の目にも気づかない人物にトップの資格はない。 (静)