「これ以上水かさが上がるとやばい」。日高川漁業協同組合参事でアユ、アマゴ養殖を担ってきた前田さん=美浜町和田=は9月4日未明の大水害発生時、孤立した事務所内にいた。濁流は松瀬の漁協施設ものみ込み、命からがら避難した事務所2階でもくるぶしまで水に浸かった。ごう音が響きわたる中、窓から見た光景は「一面が水没していて地獄絵図だった」。恐怖と不安の一夜を過ごした。
 漁協はすべての施設が壊滅。重要財産であるアユ、アマゴの成魚30万匹も流失、被害額は4億円以上とみられている。水が完全に引いた5日、施設へ戻った前田さんは、大量のがれきや山積する土砂、鼻を突く悪臭にがく然としたが、すぐに「落胆している暇はない。一日も早く組合を復活させる」と職員を陣頭指揮。10月中旬には約9割まで片付けを終わらせた。以降は施設と設備の復旧に当たり、特に種苗を飼育する水槽の洗浄は入念に対応。たまっていたヘドロには病原菌が潜んでいる恐れが高く、「復旧しても品質のいい魚を供給できなければ意味がない」。作業に没頭する余り気がつけば午後10時ごろ、そんな日もあった。
 施設は年内に全面復旧する見通しが立ち、先月上旬にはアマゴの種苗生産を再開。主力のアユの種苗生産は来春に採捕される海産稚魚を親に育て採卵し、紀州ブランド復活への道のりが始まる。「大きな災害に遭っても生きていた強い遺伝子を持つアユが親になる。きっとこれまで以上のアユに育つ」。逆境もプラスにとらえ、2年後の春の放流を待ち望んでいる。
 濁流で姿を変え、生態系も崩れている可能性が高い日高川。「今後はダムの運用規定を見直してもらい、堤防決壊、越流しないような計画的な河川改修を望みます」と行政に対しての思いを持ち、「生物は水を浄化し、川の再生を加速させる。種苗生産、放流を通じて清流を取り戻し、日本一の漁協という錦の御旗を飾ります」。まだ復興へはこれからが本番、そんな気持ちでアユやアマゴ生産とともに日高川の復活へ力を注いでいく。
 台風12号から3カ月余りがたった日高川町。「がんばろら日高川町」の合言葉の下、復興へ歩み出した人たちの姿を追いながら、被害の大きさをあらためて伝え、今後の課題に迫る。