日高川町と泉大津市の児童が交流するふるさと再発見ツアーが同町で行われた。毎年交互に両市町を会場に行われている事業で、ことしは児童60人が川遊びや山びこ、昆虫とのふれあいなどの田舎体験。楽しそうで取材のたびに少年時代の夏休みに思いを巡らすが、ことしは何だか物足りない。メーンイベントで日高川の夏の風物詩、筏アドベンチャーがなくなったからである。
 日高川の筏流しは江戸時代に始まり、明治期には木材の流通が盛んになり、筏流しも隆盛。日高川は難所が多く、日高川で鍛えた筏師は卓越した技術をもつことから鴨緑江(中国と北朝鮮との国境)などでも活躍したという。時代とともに陸上交通が発達、輸送手段は筏からトラックへと移り変わり、昭和28年の大水害で幕を下ろした。そんな筏流しを再現したのがアドベンチャーで、筏流し唄保存会の協力で毎年交互に再発見ツアーの児童と一般参加者約50人を15連筏に乗せて約2㌔の川下り。風流な唄声とともに絶景を眺められる旅は大人気で、筆者も毎年うらやみながらその模様をカメラに収め、いつかは乗るつもりでいた。
 中止は筏師らの高齢化が原因。当時、実際に木材運搬で活躍したベテランメンバーで、ほかに若手メンバーもいるものの経験に乏しく、船頭をするほどの高度な技術をもっていないため、安全面を配慮した。風物詩の復活を願うも、このまま姿を消す可能性は高く寂しい限りである。乗ることは半永久的にできなくなりそうだが、筏師らから聞いた話や書籍などで得た知識を語り、記念碑の見学を勧めるなどで先人の思いと日高川の歴史が詰まった筏流しと筏師らの勇壮な姿をいつまでも後世に伝え続けていこう。 (昌)