悲しみの涙が化して降ると思われる雨を涙雨という。このように考えるのは日本だけではないらしい。中国の神話の生物、九尾(きゅうび)の狐。名の通り、9本の尻尾を持つ狐の妖怪である。物語の多くは悪しき霊的存在で登場するが、一部では幸福をもたらす象徴として描かれ、また一方では絶世の美女へ化身するという話も多い。伝説は朝鮮半島へも伝わり、「九尾狐(クミホ)」と呼ばれ、多くの映画やドラマの題材にされており、筆者が見た韓国ドラマでも美女と化したクミホが悲しんで泣くと、涙雨が降る。
 一方わが国、日高川町道成寺の安珍清姫伝説。延長6年(928年)夏のこと。若僧、安珍が熊野参詣の途中、宿の娘清姫が安珍に一目ぼれ。再会を約束するも、帰りの際に宿に立ち寄ることなくスルー。騙されたことを知った清姫は怒り狂い追跡。大蛇の化身となって日高川を渡り、安珍は道成寺の釣り鐘に隠れるが、追いかけてきた大蛇は鐘に巻きつき、安珍を炎で焼き尽くすという悲恋の物語。安珍に約束をすっぽかされ、恋が実らなかった清姫はどれほどの悲しみに暮れ、どれだけ多くの涙をこぼしたことだろう。
 毎年4月27日恒例の道成寺、鐘供養会式。ことしも昨年に引き続き雨だった。会式は少なくとも300年以上前から行われているらしいが、鐘とともに焼き尽くされた安珍の鎮魂祭の日だけに昔から驚くほど雨の日が多く、清姫の涙雨などと言われる。悲しみは深く、1083年の時を経ても涙した。関係者、見物客とも誰もが望んでいる晴天であるにこしたことはないが、清姫の涙雨と思えばそれもまた趣き深く一興である。ただ号泣だけは止めてと天にいる清姫にお願いしたい。          (昌)