人は危機に直面すると、パニックになるよりも、身動きできなくなるケースが多いと、以前に知人から教えられた記憶がある。目の前で起こった惨事に茫然(ぼうぜん)となり、身も心も固まってしまうのだと。そんなときに必要なのは、誰かに強く指示してもらうこと。ここにいてはダメだ、あっちへ逃げろという風に強制されなければなかなか行動できない。個人差もあるようだが。
 筆者も一度だけ似たような経験がある。平成7年1月17日の阪神淡路大震災。大学生で、兵庫県からは距離がある大阪にいたが、いままで経験したことのない揺れだった。古い2階建て文化住宅の1階に住んでいたため、揺れで目が覚めたときにまず思ったことは、「2階が落ちてきて死んでしまうのだろう」。ここから逃げなければと思いながらも布団を頭からかぶって「早く止まってくれ」と祈ることしかできなかった。揺れが収まってしばらくは茫然としていたのをいまでも覚えている。それでも震度は5、震源に近い人々が経験したのが震度7なのだから、想像しただけで背筋が寒くなる。
 和歌山県の沿岸部に住んでいる限り、避けて通れないのが南海地震だ。発生する確率は日を追うごとに高まっている。2分以上ともいわれる持続的な強い横揺れに、果たして冷静でいられるだろうか。収まったあと自力で避難する気力があるだろうか。訓練では誰でも体は動くだろうが、いざ危機に直面したとき、本当に練習通り避難できるだろうか。茫然とした人を動かせるのは、身近にいる家族や隣近所の人しかない。地域の防災力を高めるには、いざというときに大声で指示を出せるリーダーを育成する必要がある。        (片)