今月3日、人間国宝の歌舞伎役者5代目中村富十郎が他界した。享年81歳◆大阪松竹座での舞台を何度か拝見、昨年秋にはNHK教育「弁慶の復活 中村富十郎親子・勧進帳に挑む」を見た。舞台では張りのある豊かな声と若々しい演技に魅せられ、テレビ画面では無邪気といっていいほどに明るいまなざし、品のいい笑顔に惹かれた。長男の鷹之資君は10歳ながら取材に自分の言葉で答え、すでに大物らしさを感じさせてくれた◆中村富十郎家と当日高地方には深い縁がある。初代中村富十郎は中津村(現日高川町)出身の元禄期の名優、初代芳澤あやめの三男であった。「京鹿子娘道成寺」を創造したことで知られる。「娘道成寺」と呼ばれる作品は複数存在したが、現在まで伝わるのは初代富十郎の「京鹿子」のみ。女方役者の舞踊の粋を集めた作品で、1時間をほぼ一人で踊るため高度な技術と芸の力を要する。襲名披露公演等で演じられる格の高い演目だ◆初代富十郎は、地芸(演技)では父の薫陶を受けたという。芸談「あやめ草」でも出生の地を明かしていないあやめだが、歌舞伎をやる者になじみ深い道成寺が実は自身の故郷とほど近い名刹だと息子には話したのではないか。初代は父の故郷への思いをも受け止めながら「京鹿子娘道成寺」を完成させたのではという気がする◆5代目富十郎は昭和47年の襲名披露で「京鹿子娘道成寺」を演じた際に同寺を訪れ、平成16年の道成寺釣り鐘里帰りイベントにも参加。「日本人としての心を大切に文化を育てたい」と話した。謹んで冥福を祈りたい鷹之資君は現在、日高川町の「カブト虫の森」名誉館長を務める。上方歌舞伎の大名跡中村富十郎家と当地方の縁は今後も続きそうだ。  (里)