千代の富士と北勝海の2人の横綱を育てた九重親方、第52代横綱北の富士こと北の富士勝昭さんが82歳で亡くなってからもうすぐ2年。本作は長年、大相撲中継の実況を担当した元NHKアナウンサーの藤井康生さんが放送でのやりとりやインタビューを中心に、北の富士さんの肉親、50年来の親友、行きつけの居酒屋の店主と女将など、素顔の故人を知る人への取材も含めてまとめた「昭和の粋人」北の富士勝昭の生涯と言葉を書き残すノンフィクション。北の富士さんの辛口解説に慣れ親しんできた大相撲ファンにはたまらない一冊です。

 北の富士さんは1942年3月、現在の北海道旭川市に生まれ、中学卒業と同時に出羽の海部屋に入門。66年、大関に昇進したあと、元横綱千代の山の独立に同行して九重部屋に移籍しました。70年、玉の海とともに横綱に昇進すると、2人は何度も優勝争いを繰り広げて「北玉時代」を築き、玉の海の急死後も相撲界を支え、32歳で引退。その後は九重部屋の親方として、優勝31回の大横綱千代の富士、現協会理事長の横綱北勝海らを育て、親方を退き、協会退職後はNHK専属解説者として愛情ある辛口解説でファンに長く親しまれました。

 いまから50年以上前になりますが、横綱時代の1973年(昭和48)か74年(同49)ごろには、巡業で横綱輪島、横綱琴桜とともに御坊市を訪れました。このときの勧進元(主催者)の1人がじつは私の祖父で、私は相撲好きの父に抱っこされ、琴桜と北の富士関の間に挟まって写真を撮ってもらいました。

 それから30年近い時間が流れ、相撲界は武蔵川部屋の全盛期。幕内には横綱武蔵丸、大関の出島、武双山のほか、御坊出身の和歌乃山関もいて、私はある年の春場所前、元力士の知人のお誘いを受け、稽古を見学させていただきました。休憩時間に外へ出ると、体の大きな一見コワモテの男性が立っていました。私はすぐに「九重親方(北の富士さん)や」とピンときて、緊張で震える手で名刺を渡し、稽古を見た感想や和歌乃山関の印象を尋ねました。北の富士さんは一瞬、「なんだおまえ?」という表情でしたが、田舎新聞の駆け出し記者にやさしく答えてくださったのを覚えています。

 というわけで、自分の話ばかりになってしまいましたが、この本には北の富士さんの波乱に満ちた相撲人生、ハチャメチャな事件の裏話、感動秘話が満載。相撲ファンの方はぜひ。(静)