金品や快楽を得ようとし、力にまかせて他人の生命を奪う短絡的な事件があとを絶たない。テロや通り魔は言うに及ばず、身勝手ないいがかりで無抵抗の相手を死に至らしめた犯罪者には、社会が強い処罰感情を抱く。

 17歳の女子高生が裸にされ、橋の上から川に落とされ亡くなった旭川の事件は、地裁が殺人、監禁、不同意わいせつ致死などの罪に問われた被告の主犯格の女に対し、求刑通り懲役27年の判決を言い渡した。直後、これに怒った男が法廷に乱入し、逮捕された。

 被害者の両親は「命を失った娘への罪がこんなに軽いものなのか」「(この判決を)娘にどのように報告すればよいのか、親として情けない気持ちになる」と悲痛なコメントを出した。予想された通り、SNSでは有期刑の求刑、判決に、「生ぬるい」と被害者寄りの声が噴出した。

 遺族にとって納得できない量刑は、司法が加害者を守っていると感じ、絶望と自責の上の追い打ちとなり、精神を病み、家庭が崩壊するケースもある。たとえ被告が死刑判決を受け、執行されても、被害者が生き返ることはない。人の命を奪った人間は、刑罰で罪を償うことはできない。

 犯罪者の社会復帰と更生の可能性をさぐる日本の司法が批判を浴びる一方、加害者家族の生活が破綻してしまう現実もある。仕事を失い、住むまちを追われても、口さがない人から「人殺しの家族」と後ろ指をさされ、誹謗中傷、つまはじきの日々を過ごさねばならない。

 殺人は被害者だけでなく、互いの家族も地獄に落とされる。被告の心からの反省と謝罪、真実の告白こそが、相手と家族、自分自身を救う唯一のすべではないか。(静)