
6月のテーマは「水」。タイトルにも水が使われている、宮本輝の長編小説をご紹介します。
「水のかたち」(宮本輝著、集英社文庫)
ある骨董品をめぐる人間模様を描く長編。50歳の誕生日を迎えた能勢志乃子は、近所にある喫茶店で古い文机、鼠志乃の茶碗、手文庫を手に入れる。手文庫の中には、終戦翌年の1946年に行われた、北朝鮮からの決死の逃避行の記録が収められていた。
友人から山中で見つけたという「リンゴを背中に載せた牛」のような形の石を贈られ、それに心ひかれていきます。
* * *
山のあちこちには、厚い土壌と夥しい木の根で濾過された美しい水が伏流して、それがどこかで地表に湧き出るのだ。その湧き出た水はわずかな一滴か二滴を岩陰にしたたらせるだけだが、長い年月のあいだに一筋の流れとなる。
一筋は別の一筋と交わり、それはまた別の一筋と重なり、この白糸さんを作っている。
水はさらに白糸さんで幾条ものしたたりとなって、一個の丸い石を百二十五年かかって「リンゴ牛」へと彫刻したのだ。


