御坊市出身の大相撲力士、春日野部屋の栃乃島(39)=本名・山本雅貴=が20年間の土俵生活にピリオドを打ち、引退した。174㌢の小兵ながら力強い押しを得意とし、たび重なるけがを乗り越え、2015年の夏場所は序二段で全勝、決定戦も制して優勝。断髪式では最後に親方のはさみでまげを切り落とされ、同期入門の元大関栃ノ心ら部屋の仲間、関係者に見送られて、心機一転、会社員として新たな人生のスタートを切った。

相撲を始めたのは湯川小学校1年生のころ。地元の少年相撲教室、中村道場で中村義嗣さんらの指導を受け、高学年になるとわんぱく相撲全国大会でベスト8(小結)まで進出するなど力をつけ、中学校は相撲部があった御坊中へ進んだ。
御坊中時代は中村道場ОBで元幕内大輝煌の故林正人さん、元力士の故大川司さんからも指導を受け、高校は林さんと同じ箕島へ。卒業時は大学進学か角界入りかで迷った末、箕島高出身の元関脇栃乃和歌が親方の春日野部屋の門をたたいた。
入門後は番付デビューの2006年夏場所から4場所連続で勝ち越し、一気に三段目まで駆け上がった。番付が上がり、自分より大きな力士との対戦が増えるにつれ、首や腰の故障に悩まされるようになり、序二段、三段目での戦いが長く続いた。
20年の土俵生活で最も輝いたのは、2015年の夏場所。前年8月に左ひざの半月板をすべて除去する内視鏡手術を受け、3場所全休したが、復帰後、序ノ口まで落ちた春場所で見事、勝ち越しを決めると、続く夏場所は序二段で7戦全勝。千秋楽の優勝決定戦は、関取経験者で前の場所に黒星を喫した飛翔富士に土俵際まで押し込まれたが、間一髪、回り込んで引き落とし、初の各段優勝を決めた。
今年3月の春場所は1勝2敗4休。引退を決意して臨んだ夏場所は6番とって3勝3敗、最後は白星で勝ち越したかったが、惜しくも敗れた。部屋で行われた断髪式では仲間の力士や後援者がはさみを当て、最後は春日野親方がちょんまげを切り落とし、20年の土俵生活に別れを告げた。最高位は三段目5枚目。
御坊中時代、監督兼顧問として胸を出した現美浜町教育長の塩﨑善彦さん(71)は「性格はおっとりした印象でしたが、土俵に上がると闘志が前面に出るタイプだった。大きなけがを何度も乗り越えながら、これまで本当によく頑張ったと思います」。母親の純子さん(56)は「年6回の場所のたびにハラハラし、とにかくけがをしないよう、そればかり心配していました。最後は勝ち越せず悔しかったと思いますが、自分が納得するまで相撲をやりきったと思います」と安堵の表情を浮かべ、父親の和久さん(58)は「満員の国技館で、決定戦に勝って決めた序二段優勝は本当にうれしかった。それが私にとって一番の宝。自慢の息子です」と、満身創痍のわが子にいたわりと感謝の思いを表した。

