伊坂幸太郎著「重力ピエロ」が爆売れしているという。女性騎手今村聖奈さんの騎乗した牝馬ジュウリョクピエロがオークスで優勝したのが今月24日。女性騎手がG1を制するのは初めてとのこと。2日後の26日には新潮文庫が、馬名のもととなった「重力ピエロ」の大重版を発表した◆伊坂幸太郎という名を知ったのは20年前。連載小説の配信作品の候補に「オー〓 ファーザー」があった。1人の高校生に4人の父親候補が現れる話。面白そうだと思い迷ったが、その時には他の作家の作品を選んだ。それから数年後に伊坂作品を次々に読み、独特の世界観と面白さに瞠目して選んでおいたらよかったと後悔することになった◆個々の作品を超えて不思議なつながりと広がりを見せる作品世界が魅力。筆者が好きなのは、一種独特の青春物「砂漠」。痛快ピカレスク物の「陽気なギャング」シリーズ。問題を抱えた子どもたちの隣にこんな型破りな大人がいたらいいなと思わせてくれる「チルドレン」「サブマリン」。深く鋭い警句がちりばめられるほかユニークな表現も多く、車を擬人化した「ガソリン生活」では「開いたボンネットがふさがらない」の表現に笑った◆ベストセラー小説が生まれる構造にはいろんなパターンがある。競馬が契機になった例は今まであまりないようだが、きっかけが何であれ、力のある作品が注目を集め、多くの人に触れる機会が生まれるのは喜ばしいことだ◆本に限らず、作品はすべて受け手と出会ってこそ。たった一人でも、作者以外の人の心を揺さぶればその作品には大きな存在意義がある。「春が二階から落ちてきた」という不思議な始まりが有名な「重力ピエロ」の真髄は、何人の人の心に届くのだろうか。(里)

