岩波書店の月間誌「図書」に連載したエッセイ。月ごとに落語や寄席の風景などが綴られている。

 一月は寄席の賑わい。通常は十日ごとに上席、中席、下席と分かれるが、正月は初席、二之席、なぜか三之席ではなく下席。

 二月は節分で落語「厄払い」。昭和の名人桂文楽の得意ネタで、当時は文楽に遠慮して誰も演じなかったという。

 三月はお花見で落語「長屋の花見」。長屋の住人達が大家に命じられ花見に繰り出す。お酒の代わりに「お茶け」。蒲鉾と卵焼きの代用が「大根のこうこ」と「沢庵」という涙ぐましい長屋の花見である。

 四月は出会いの季節で真打昇進と真打披露のこと。

 五月は「目に青葉 山ほととぎす 初鰹」で『初鰹』。この『初鰹』が小道具となっている歌舞伎「髪結新三」は落語が原作だ。

 六月は梅雨。しとしとと雨の降る昼下がり。商家の奥座敷でうたた寝をする若旦那の「夢の酒」の話し。

 七月は夕立。雨と雷の「麻のれん」「宮戸川」「茄子娘」について。夕立が取り持つ男女の縁。これがゲリラ豪雨じゃあ話にならない。

 八月は怪談噺。これを寄席で演じるときの幽霊に扮装した前座の失敗譚。

 九月は落語「目黒の秋刀魚」。今でも東京・目黒界隈では「秋刀魚まつり」が大賑わいという。

 十月は秋の長雨。長雨にちなんで落語「笠碁」。碁に夢中で笠を被ったまま碁をするという碁好きの噺。

 十一月は秋の夜長で「博多・天神落語まつり」の件。六代目三遊亭円楽師により始められたこの催しの大賑わいのこと。

 そして十二月は師走の名物、落語「芝浜」について。年の暮れ、朝ぼらけの芝の浜で財布を拾ったという亭主を夢の話だとして悔悛させる女房の機転の見事さ。

 亡くなった立川談志の2007年よみうりホール「芝浜」の公演は、伝説の公演として今でも語り継がれる。その談志師に偶然、家の近所の煎餅屋で出会った著者。すると談志は、「俺の『芝浜』はなあ…」と語り始めたのである。信じられないことだった。「亭主と女房が勝手にしゃべるんだ。今まで何遍もこの噺をやったが、思ってもない言葉がどんどん出てきた。話がこの先どうなるか、俺にも分からなかったよ」。それは著者に聴かせるというより、その日の高座と熱量を思い出し、確認するような口ぶりだったという。

 偶然の邂逅が、名人の一端を知らしめた。(秀)