
本作品は五木寛之が癌の宣告を受けたところから始まっている(前作は三十年前の同名のエッセイ)。以下本文から
―「検査の結果は、こういうことです」
と、医師は言い、クリップボードにはさんだ白い紙にすばやくペンを走らせ、それを私の前にさしだした。
〈中咽頭癌、ステージⅡ、転移の疑い一か所〉
癖のないきれいな字だった。―
こうして著者は再び生きる意味を考え出したのである。
本文より
―私は人間の一生を、地上に落ちた一滴の水が地下をくぐり、大河の流れに合流して、生命の海へと向かうと考えている。仏教でいうところの〈他力〉である。しかし、と、私は思った。ときには大河の流れに身をまかせるだけでなく、それに逆らって生きることもあっていいのではあるまいか。―
癌宣告からどの治療法を執るかが話し合われ、五木は三種の治療法から放射線治療を選んだ。本文より
―朝、8時に起きて朝刊6紙を読む。午後は打ち合わせか執筆。夜、タブロイド夕刊紙のための原稿、約2000字を書き、送稿する。この生活を続けるためには放射線治療しかなかった。―
一年後、医師は言った。本文より
―「大丈夫です。治りました。よかったですね」「ありがとうございます。でも、喉の癌は再発しやすい癌だと聞きました」―
医師は再発防止のために定期的に通院することを勧めた。
病院からの帰り道、五木は「生きる」ことの意味を再び考える。
「人は何かのために」生きるのではない。「誰かのために」生きることこそ「生命の大河」として流れてゆくのだと。(秀)


