紀伊考古学研究会の例会が10日、日高町中央公民館で開かれ、同町荊木の向山(むかいやま)古墳群について説明があった。今年2・3月の現地踏査の結果、これまで円墳と思われていた8・9号墳が県内でも希少な前方後円墳であることが分かり、立地や出現期の古墳に近い形状を持つことから、築造時期は1号墳よりさかのぼり、3世紀末~4世紀初頭、県内でも最古と考えられるという。

荊木の現地で会員の説明を聞く参加者

 1・2号墳は「向山古墳」として県指定史跡となっており、同会は昨年9月、今年2・3月に現地踏査を実施。例会では、調査に当たった御坊市及び日高郡6町埋蔵文化財保護行政事務協議会の川崎雅史さんが映像を映しながら説明した。 

 古墳群のある向山には高地性集落である向山遺跡があり、過去に土器や石器類が出土。土器の時期は弥生時代中期で、県内の高地性集落の中ではいち早く出現した集落と位置づけられるという。

 1号墳は直径14㍍、高さ4㍍の円墳で横穴式石室があり、古墳時代終末期のものとされる。2号墳は直径約10㍍、高さ2・5㍍の古墳時代終末期の円墳でいずれも未盗掘。

 8・9号墳については、これまでそれぞれ直径約10㍍の円墳と評価されていたが、今回の測量調査によって古い形態の前方後円墳であることが分かった。細いくびれ部があり、撥(ばち)型に開く前方部を持つ古い形態のもので、川崎さんは「8・9号墳、1号墳、2号墳の順に、同じ一族によって築かれたと考えることもできる」と話し、「築造時期、地理的な条件からみて、ヤマト政権が地方に波及する状況を示す一例であるといえる」と説明した。

 例会のあと、希望者が現地で詳細な説明を受けた。会員の説明について、熱心に質問しながら聞く参加者の姿がみられた。