日本エッセイスト・クラブ編、ベスト・エッセイ集シリーズの一冊、平成元年版をご紹介します。前年発表されたエッセイから同クラブが選んだ60編。書き手の顔ぶれは有名無名、実にさまざまです。

 内容 昨今は都会の酒場から「けんか」が失われてしまった。酔って人生を語ることはダサイ、ましてその人生観で衝突するなんて恥ずかしい。そう考える人が圧倒的に多くなった。人生論の代わりに登場してきたのが「ライフスタイル」という言葉だ。人生は破滅させるようにも生きられるが、ライフスタイルにそれはない。ライフスタイル人間は音楽にたとえれば譜面中心人間。しかし即興演奏のないジャズは気の抜けたビールだ。インプロビゼーションしないで、何が人生か。(赤塚不二夫「酒場から喧嘩も人生論も消えた」)

 テレビCFのプロデューサーをしていた私。エジプトでの撮影時、空港待合室で70人の人々が待っていたが、来た飛行機は50人乗り。オマー・シャリフそっくりのヒゲの係員が威厳に満ちた声で「座席が埋まり次第出発する。急ぎなさい」。一瞬の沈黙のあと、70人がなだれを打って走り出した。まるで陸上選手権大会のようだ。スケジュールの詰まった我々ロケ隊は必死で走り、中国の視察団一行が1着、我々も健闘の2着。しかしADが真っ青な顔で「フィルムを待合室に忘れてきた」。(新井満「エジプト国際陸上選手権」)

 小説と同じくらい、エッセイが好きです。このシリーズはどれも粒ぞろい。シリアスありコミカルあり、60通りの人生の断片はたっぷりと旨味をたたえています。昭和から平成へ移ったばかりという、時代の息吹が伝わってくるのも妙味。(里)