京大教授の鎌田浩毅(火山地震学)によると、二〇三五年から前後五年で南海トラフ大地震が百%起こるという。根拠は本著の「折たく柴の記」である。これは新井白石の日記なのだが、元禄十六年の江戸の大地震の模様が克明に書かれている。西暦に直すと一七〇三年、ここより百年前が慶長伏見地震(一五九六年)であり、その百年後が昭和南海地震(一九四六年)で、その百年後が二〇三六年だ。つまり、南海トラフ大地震は、ほぼ百年周期で起こっているのだ。つまり、未来の地震が過去の地震として本著には書かれていることになる。

 江戸時代、どのように地震が起こり、また江戸の民衆がどのようにこの地震を捉えていたのか気になって読んでみた。

 以下、本文より。(訳・桑原武夫)

 ―私がはじめ湯島に住んだころ、元禄十六年の十一月二十二日の真夜中すぎ、大地がはげしく揺れて、目がさめたので、刀をとって起き出すと、ここかしこの戸や障子がみな倒れた。(中略)家のうしろのほうは高い崖の下に近いから、みなを連れて東の大きな庭へ出た。大地が裂けることもあろうかと、倒れた戸板などを出して並べ、その上におらせた。(中略)藩邸にお見舞いにあがろうと家を飛び出したが、各家が大きな波に動いている小舟ようになっていた。(中略)

 神田橋の近くに来て、大地はまた激しく揺れた。家々が倒れて人の泣き叫ぶ声が聞こえる。石垣の石がはずれ、土がくずれ、塵が空を蔽っている。―

 このような惨劇が、あと十年前後でやってくると鎌田教授は言っている。(秀)