社会福祉法人太陽福祉会(皆川敏治理事長)の法人化40周年記念講演会が7日、御坊市民文化会館小ホールで開かれ、約150人が日本社会事業大学社会事業研究所客員教授、曽根直樹氏の講演を聴いた。皆川理事長はあいさつで「50周年へ新たな歩みを進めていく」とし、曽根氏は日本の障害者福祉の歴史に同会の歩みを重ね「共生社会の実現を目指していかなければ」と語った。

障害者福祉の歴史を語る曽根氏

 同会は1977年、美浜町和田で「太陽共同作業所」として活動をスタート。その後、85年に「社会福祉法人太陽福祉会」として認可を受けた。現在は美浜町の太陽作業所のほか日高川町の同作業所川辺分場、日高町のパン工房サンフルひだか、ワークステーションひだかなど13施設を運営している。昨年には日高町のインクルひだかで式典を行い、40周年の節目を祝った。今回の記念講演は、周年行事の締めくくりとなる。

 講演会では皆川理事長が同会が昨年7月で法人化から40周年を迎えたことを話し、「50周年目指して新たな歩みを進めていくために、講演会を開催します」とあいさつ。曽根氏が「障害者福祉の未来とソーシャルワーク~共生社会の実現を目指して~」をテーマに、日本の障害者福祉の歴史に同会の歩みを重ねて語った。

 曽根氏は、障害者福祉の歴史について終戦後から法整備を中心に振り返った。戦後から80年代頃までは障害を持つ人を施設などに収容する価値観が中心だったが、1990年代からパラダイム転換(物の見方が根本から変わること)への動きが起こり、福祉関係の8法が改正。障害を持つ人が住み慣れた地域でサービスを受ける「在宅ケア中心」に転換され、在宅福祉サービスが推進されたことを説明した。

 この時期には太陽福祉会もグループホームを開設、日高川町に川辺分場を開設など活動に広がりを見せている。2006年までには、行政がサービスを決定していた「措置制度」から障害者の自己決定を尊重する「支援費制度」に移行。利用者の立場に立った制度が構築されることとなった。

 曽根氏は「暗い場所に明かりをつけるのと同じように、車いすの人のためにスロープを設置する、聴覚障害の人に手話通訳をつける、視覚障害の人に点字資料を用意するのは当然の合理的な配慮」とし、「私たちは、障害の有無によって分け隔てられることのない、共生社会の実現に取り組んでいかなければなりません」と訴えた。