2025年のロシアで最も売れた日本人作家の小説。ロシア最大の書店チェーン「チタイゴロド・ブクボエド」で販売部数1位となる大ヒットとなった。ロシアの読者がなぜこの本を手に取るのかに興味があり本書を手に取った。

 物語は、30歳の主人公がある日突然いつ死んでもおかしくない病気を宣告されるところから始まる。同居しているのは猫のキャベツ。死んだ母から預かった大切な猫である。そんな状況の中、自分と同じ姿をした悪魔・アロハが現れる。悪魔は「何かを得るためには何かを失わなければならない。この世界からひとつだけ何かを消す。その代わりに、あなたは一日だけ命を得ることができる」と取引を持ち掛けてきた。それから主人公の何かを失う日々が始まっていく。

 若くして死を覚悟しなければならなくなった主人公。父とは疎遠で会話もなく今は恋人もいない。特別な境遇ではないどこにでもいるありふれた彼。だからこそ失うことで気づくことに触れながら、命と代償について考えていく彼と読み手が重なる。当たり前にあることが崩れると、人は初めて選びなおす。誰と生きるのか、何を大切にするのか。今日の一日をどう過ごすのかを考えなおす。痛みと引き換えでなければ、大切なものの輪郭をとらえることはできないのだろうか。いつかは必ず終える命。そのことと向き合うことを避け、平常を装っている。その一方で、いつかその時が来ても後悔しないために何をすべきかと、薄々気づいてもいる。

 彼を通じて自身の死生観と向き合うこととなった作品だ。(灯)