先日、高校の同級生が集まっての忘年会、みんないつもよりお酒も進み、楽しいひとときになった。仕事の話題の中で、南高梅を作っているみなべ町の友人2人は、「梅はほんまにいい作物や」と誇らしげに話していた。青梅はジュースや梅酒に加工でき、自然落下した実は梅干しにすれば何年でも持つ。まったく無駄がないし、果物のように糖度は必要ない、マンゴーなどのように一つずつ袋に包む必要もない。さらにおいしい、健康にもすごくいい、ここまでくればもう無敵の作物といえる。

 今年は昭和100年の年、本紙では1年間、企画連載記事を掲載してきた。その一環で、南高梅誕生の歴史とどのようにしてみなべ町が一大産地になったのか、あらためて勉強させてもらった。南高梅の母樹である高田梅を大切に育てた生みの親である高田貞楠さん。高田さんから熱心さが認められて穂木を譲り受け、貧しかった村を豊かにするために高田梅の苗木をたくさん生産し、産地に広めた育ての親である小山貞一さん。この2人がいなかったら今の日本一の産地はなかったといわれるほど。ただ、偉大な功績を残したことを知る人が年々少なくなっている。正しい歴史を知ることは産地を守る第一歩でもある。

 高田さんと小山さんの身内や親交のあった方に取材させてもらったが、後継者と雹(ひょう)という大きな課題を今後、乗り越えなければならないと口をそろえていた。「梅はほんとにいい作物だ」と子や孫世代に口に出してしっかり伝えることは、後継者不足解消にわずかであっても一助になるように思う。いい物を作っているといえること、誇りを持つことは、単純にかっこいい。(片)