
東側、西側という枠組みで世界が分けられていた東西冷戦下の1982年、著者は初の新聞連載小説「ドナウの旅人」のために東欧を旅行。その一部始終を描いた紀行文をご紹介します。
内容 朝日新聞の連載小説「ドナウの旅人」執筆を控え、著者は朝日新聞の女性記者、挿し絵担当の画家、不安神経症を抱える著者のために同行してくれた友人の3人と共にドナウ川に沿って東欧諸国を巡る。西ドイツからオーストリア、ハンガリー、ルーマニア。共産圏では列車が国境を越えるたび物々しい雰囲気になり、車内に緊張が走る。
旅の行程をつつがなく進めようとする女性記者、何かとはみ出そうとする著者は時にぶつかり合いながら、旅は種々のハプニングをはらんで進んでいく。
1980年代末から90年代初頭、東欧諸国はなだれを打って次々に自由化していきましたが、本書はその数年前の東欧旅行のリアルな記録。世界の枠組みが変わっても未だ紛争の絶えない現在、かつての東欧を旅した貴重な記録を読み返したくなって手に取りました。街々のたたずまいと人との交流を描くさりげない描写の中にも人生の根幹に触れる味わい深い内容が含まれ、かめばかむほど味の出てくる一冊です。
日本で学びたいと熱望しながら諦めていた
ハンガリーの青年を、家に住まわせようと即座に決めて素早く手を打つ著者。この懐の大きさと、人間へのきめ細やかな愛情を心の奥底に流れさせる著者だからこそ、ハプニング続きの1カ月から豊富な収穫を得て、「ドナウの旅人」、留学生を迎えた一家を描く「彗星物語」という名作が生まれたのでしょう。(里)


