
8月のテーマは、7月に引き続き「涼」。純文学の短編をご紹介します。
「檸檬」(梶井基次郎著、新潮文庫)
大正期に発表された短編。31歳で夭折した著者はこの表題作と「桜の樹の下には」の2編でよく知られています。ひんやりとした果実の触感が主題なので、「涼しさ」とは少し違うかもしれませんが、冷たさが心地よく感じられる描写です。
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いったい私はあの檸檬が好きだ。レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの丈の詰まった紡錘形の恰好も。(略)その檸檬の冷たさはたとえようもなくよかった。(略)握っている掌から身内に浸み透ってゆくようなその冷たさは快いものだった。(略)私は何度も何度もその果実を鼻に持っていっては嗅いでみた。それの産地だというカリフォルニヤが想像に上ってくる。(略)そしてふかぶかと胸一杯に匂やかな空気を吸い込めば、ついぞ胸一杯に呼吸したことのなかった私の身体や顔には温い血のほとぼりが昇って来てなんだか身内に元気が目覚めてきたのだった。


