
第2次世界大戦末期、日高郡上山路村(現田辺市龍神村)殿原の山に墜落した米軍爆撃機B29の搭乗兵の冥福を祈る慰霊祭が今年も5日、同地区の明神神社近くの慰霊碑前で執り行われた。戦時中に第1回の慰霊祭が行われ、今回で81回目。住民ら約150人が米兵を供養し、平和への祈りを捧げた。
B29は1945年5月5日午前11時ごろ、日本の戦闘機の紫電改と交戦し、殿原地区の西ノ谷に墜落。搭乗兵11人のうち7人が死亡、生き残った4人のうち3人が処刑、1人は不明。殿原の住民は戦時中にもかかわらず米兵を埋葬して供養する卒塔婆と十字架を建て、その年の6月9日に最初の慰霊祭を行った。当時、「家族が米軍に殺されたのに慰霊するのか」など強い批判の声もあったという。
慰霊祭で五味大安区長(59)は「多くの協力で続けられた。この殿原から世界の平和を考える日として発信できたことをうれしく思います」とあいさつ。田辺市の真砂充敏市長も「殿原地域の人たちは敵味方なく相手を思いやる気持ちがあり、慰霊祭が長年続けられてきたことに敬意を表します」と語った。
大応寺(同村東地区)の松本周和住職(76)が法要を行い、カトリック大阪高松大司教館の酒井俊弘さん(65)も祈りと讃美歌を捧げた。
B29墜落に関する調査を続けてきた地元郷土史研究家の古久保健さん(87)は「『平和こそ命』。みんなでこの平和を守り続けていかなければならない」と語った。


