開幕から1週間、大阪・関西万博の賑わいの模様が連日テレビなどで紹介されている。筆者にとって最も印象に残った催しは、開幕と同時に大屋根リングの上で行われた「1万人の第九 EXPO2025」だった◆毎年12月の第1日曜に大阪城ホールで行われている公演の万博版で、指揮・総監督は世界的指揮者の佐渡裕氏。ベートーベンのファンなので毎年の公演をテレビで見てきた。今回の万博版はその日の夕方、ノーカットで放映された映像を視聴。老若男女1万263人が、全長2㌔の大屋根リングから歌声を響かせた◆ベートーベンがこれを作曲したのは201年前の1824年。シラーの詩「歓喜に寄す」に感動して作曲したという。当時交響曲に合唱がつけられることはほぼなかったが、あえて「合唱付き」にした。驚嘆すべきことに彼はこの曲の作曲時、すでに聴覚をほとんど失っていた。だが胸中には、喜びをテーマとする詩をこのメロディーにのせて人々が高らかにうたい上げる、その歌声が響きわたっていたのだろう◆当日は雨予報で、実際ほぼ一日雨が続いたにもかかわらず、佐渡氏が指揮台に立つ時にはやんでいた。うたう人々の顔は明るさに満ち、曲が進むに連れて空も明るくなり終盤には陽光さえ射した。1万人の歌声の力が天に届いたかのように◆国際的な博覧会の歴史は古く19世紀半ばにさかのぼる。今、情報伝達の技術は当時の比ではないが、世界を分断する幾つもの溝を埋める術を我々は探しあぐねている。シラーがうたった「すべての者が兄弟となる」を実現する音楽の力のように、世界の国々の「今」を知ることから生まれる英知が、少しでも溝を埋めていく助けになればいいと思う。(里)