直木賞など多くの文学賞を受賞し、先ごろ「方舟を燃やす」で吉川英治文学賞を受けた角田光代の、ちょっといい感じのエッセイをご紹介します。

 内容 物書きに対して世間が抱くちょっと破天荒なイメージとは裏腹に、著者は仕事時間を「午前8時から午後5時まで」ときっちり決めている。朝8時からパソコンで執筆を始めるのだが、頭のどこかで11時半からどこかで食べる「昼めし」のことを真剣に考えている。(「昼めし977円」)

 毎年、母親の誕生日には温泉旅行をプレゼントすることに決めている著者。しかし、その年の旅行は最悪だった。忙しくて適当に選んだ旅館はどことなく薄汚れていて、料理も「松茸ごはん」といいながらエリンギのかけらのようなものしか入っていない。内心「しまった」と思っているところへ母親は勝ち誇ったように文句を並べ、わがままの限りを口にする…。(「記憶9800円×2」)

 直木賞の「対岸の彼女」、映画化された「八日目の蝉」などで知られる著者ですがこれまで読んだことがありませんでした。本書は何か肩の凝らない軽いものが読みたくなって買ったのですが、これが思いがけないほど面白かった! 几帳面かと思えば大雑把で酒好き、風呂嫌いな著者。それでいていろんな局面では確固たる自分の価値観があり、場合によっては怒りも炸裂。笑いながら読んでいたら時折キラリと光る作家の目を感じ、「はっ」として泣かされる一編もあるのでした。ただものではない作家だなと認識を新たにし、長編を読んでみようと思っているところです。(里)