地球温暖化の影響で咲く時期のばらつきなど異変が生じているというが、桜ほど日本人の詩心を誘う花はない。昨年は本欄で桜を詠んだ有名な和歌、短歌を紹介したが、あまり知られていない歌にも心ひかれる作を幾つか見つけた◆「満開の桜ずずんと四股を踏みわれは古代の王として立つ」佐佐木幸綱。ソメイヨシノは樹齢100年を超えるものは少ないが、山桜等には数百年に及ぶものがある。この歌は、風格ある力強い古木の姿を思わせる。「夕光(ゆうかげ)のなかにまぶしく花みちてしだれ桜は輝きを垂る」佐藤佐太郎。病のあとの作者が、二条城の桜を詠んだものであるという。天から降る光の形にも似たしだれ桜には、格別の美しさがある。「さくら花幾春かけて老いゆかん身に水流の音ひびくなり」馬場あき子。作者は朝日歌壇選者を長年務め、97歳の今年3月に退任された。桜も人も、その身の内に時の壮大な流れ、命の流れを宿している。厳粛な思いに打たれる◆今は亡き写真愛好家の、「又兵衛桜」という桜の写真を見たことがある。奈良県宇陀市、後藤又兵衛の屋敷跡といわれる地に咲く樹齢300年のしだれ桜。ライトに浮かび上がる古都の桜は夢の中の風景のように幻想的だった。福島県三春の滝桜、岐阜県の淡墨桜など日本には名の知られた桜が幾つかある。また、この季節に車を走らせると街のそこかしこで「こんな所にも桜があったのか」と気づかされる。名のある桜もない桜も、一本ごとに咲き方、花の色や形、枝の張り方、おのおの風情が違う◆その姿には育ってきた環境、もって生まれた性質などがおのずと表れる。一つとして同じものはない。桜に限らず、木と人とは似ていると思う。(里)