本紙連載の歴史小説、佐藤巌太郎著「筆と槍 天下を見届けた男」が全288回で終了した。織田、豊臣、そして奥州伊達家に仕えた武将にして右筆、和久宗是の波乱の生涯を描いている◆大まかに振り返ると、槍の名手だった武士の和久宗是が信長に拝謁、怒りに触れ命が危ういところを秀吉の機知で救われる。「右筆(秘書役の文官)」として信長に、本能寺後は秀吉に仕え、小田原攻めで伊達政宗と秀吉の間を取り持つ。その後、伊達家に客分として迎えられ、穏やかな老後を過ごすはずが、大坂の陣を知り、旧恩に報いるため伊達家に暇乞いして大坂へ馳せ参じ、夏の陣で単身槍を手に徳川軍へ討ち入って戦死。時に81歳。甲冑は着けず、着流しに兜という姿であった◆右筆とは事務の官吏だが、時として戦国の世の趨勢を動かす鍵を握るほどの重要な役職である。人と人との思惑がぶつかる駆け引きは、事情に通じるとともに、それぞれの思いを尊重しながら共に落としどころを探っていく難しさがある。宗是は右筆という事務方の役職でありながら、槍の名手という武人としての一本筋の通った精神が根底にあり、大名家同士の話をまとめるにも武士の心を慮りながら繊細な人情の機微に触れる文を書くことができた。その生涯を総括する時、「筆と槍」という表題は実に象徴的である◆戦国乱世から500年以上が経過した現在、「武力のある者に少ない者が屈服するのが当然」という、前世紀以前の論理をもって停戦交渉という複雑な駆け引きに臨む人物がいる。和久宗是の如き、人情の機微にも通じ、各人の状況を正しく把握したうえで最良の落としどころを見つけられる人物はいないものかと、歯がみする思いでいる。(里)