今年2月、和歌山毒物カレー無差別殺傷事件の死刑囚が地裁に起こした3度目の再審請求が受理され、10月には静岡県の一家4人殺害事件のやり直し裁判で、一度は死刑が確定した男性に無罪判決が言い渡された。
さらに今月、田辺市の資産家男性に覚せい剤を摂取させて殺害したとして、殺人罪などに問われた元妻の裁判員裁判で、地裁が無罪判決を言い渡した。
いずれも発生から逮捕・起訴、判決確定までの経過が大きく報道された事件だが、検察側が勝ち取ったはずの有罪判決が覆り、あるいは検察側の主張が認められず敗れた。
日本の刑事事件の起訴後の有罪率は99・9%といわれ、検事が「いける」と踏んで起訴した時点で有罪は確定したようなもの。逆にいえば、検察は「絶対に有罪にできる」と判断できるだけの十分な証拠がない限り起訴はしない。
その結果、有罪率の異常なまでの高さがキープされ、ごくまれに下される無罪判決の衝撃は大きく、さらにそれが世間を騒がせた事件であれば当然、メディアの論調もセンセーショナルになる。
この1年、死刑判決が覆るかもしれない再審請求を裁判所が受理し、注目事件で無罪が言い渡され、刑事司法の在り方、国民の裁判と判決の受け止め方が問われている。検察関係者は世間の風が強く冷たく感じる年の瀬であろう。
今月10日、部下の女性検事への準強制性交の疑いで逮捕・起訴され、10月の初公判で争わない姿勢を示した元大阪地検トップが一転、無罪を主張する方針に転じたとのニュースが流れた。一見、別な話のようだが、この事件が検察の威信を失墜させ、世の中の流れに大きく影響を与えている気がしてならない。(静)


