11月のテーマは「政治」。日本と同じ議院内閣制ですがさまざまな点で異なる、英国の政界を舞台としたエンターテイメント小説をご紹介します。
めざせダウニング街10番地(ジェフリー・アーチャー著、永井淳訳、新潮文庫)
ダウニング街10番地とは英国首相官邸。境遇の異なる3人の男が同じ年に下院議員となり、出世レースを繰り広げる物語。貧しい肉屋に生まれ、頭脳の力で出世の階段を登るレイモンドが政務次官になった場面。
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翌朝レイモンドが家を出ると、光り輝く黒塗りのオースティン・ウェストミンスターのかたわらに立っていた運転手が挨拶をした。その車は彼の中古のフォルクスワーゲンと違って朝日を浴びてきらきら輝いていた。後部ドアがあけられ、レイモンドは雇用省へ行くために乗り込んだ。バックシートの彼の周りには、厚味のあるブリーフケースほどの大きさの赤革の公文書箱が置かれ、縁にそって「雇用政務次官」と金文字が書かれていた。レイモンドは兎の穴におりて行くときのアリスはこんな気分だったに違いないと思いながら、箱の小さな鍵を回した。