当代随一の人気作家の一人、東野圭吾の人気シリーズ、「ガリレオ」シリーズの最新作をご紹介します。文庫化されたばかりです。
 物語 終戦直後。東北の高校を出て千葉県で就職した女性は、知り合った男性と、子どもができたことをきっかけに結婚を決めるが、彼は過労で出産を待たず世を去ってしまう。彼女は貧困の中、一人で赤ん坊を育てる自信がなく、児童養護施設の門前に置いていく。手作りの人形と共に。

 現代。父の顔を知らず育った島内園香はたった一人の肉親だった母を急な病で亡くしたあと、勤務先の生花店を仕事で訪れた上辻亮太と意気投合、同棲を始める。しかし、優しいと思っていた上辻はやがて豹変。園香は激しいDⅤに悩まされるようになる。

 そしてある日、房総沖で上辻の遺体が発見される。捜査一課の草薙は、上辻、同棲相手の園香の周辺を探るうち、意外なところで親友ガリレオこと物理学博士・湯川学の名を見いだす。それは園香の母と親しかった絵本作家の著書にあった、参考文献の作者名だった…。

 もう一つの人気シリーズ「加賀恭一郎シリーズ」では、加賀はその人生の軌跡が読者にも明かされていますが、それに対して「ガリレオ」の湯川は、ドラマで演じる福山雅治のイメージも手伝ってか飄々として常にクールであまり生活感を感じさせず、私生活も謎に包まれていました。それがここへ来て初めて、読者の前に彼の重要な出自の秘密が明かされます。ファンには必読の一冊といえるでしょう。

 加えて、DⅤ、老々介護など今日的なテーマをも物語の背景に配し、たくまずして問題提起が行われている点も注目です。
 単なる謎解きだけを楽しむミステリーにとどまらないのがこの著者。登場人物たちそれぞれの人生が深みを持って描かれ、「家族の絆は遺伝子だけではない」ということが、重要なテーマとなっているかもしれません。

 これまでの作品もそうですが、登場人物一人ひとりの経歴や性格が実に自然に無駄なく物語の進行にからめて紹介される、その手腕はさすがです。細かなディテールのリアリティ、描写の的確さ、会話の自然さがそれを成功させています。理系の筆者ですが、深い視点での人間観察があらゆる部分で活かされているのでしょう。

 個人的には、湯川と草薙の間に流れる情が深みを増したようで、そこに何か温かいものを感じました。(里)