御坊市の2024年度人権講演会を取材した。講師は北京・ロンドンパラリンピック競泳日本代表の伊藤真波さん。20歳になったばかりの時にバイクの事故で利き手の右腕を失い、日本初の「義手の看護師」となった。また、世界で一つのバイオリン専用義手を使う、バイオリン奏者でもある◆「二度と思い出したくないことだけれど、この話をしないと今笑っている意味を皆さんに分かってもらえない」と、20年前の事故当日のことから語った。麻酔も効かない激しい痛みを伴う治療、左手だけで生活できるようになるための厳しいリハビリ。見守ってくれる両親に泣きながら熱いみそ汁の椀を投げつけたことなど、葛藤に苦しみ抜いた日々を赤裸々に明かしていった◆看護師になるための特殊な義手を作ってもらいに赴いた兵庫県の病院で、自分以上に重い障害を持ちながら明るく頑張る人たちの姿を目の当たりにし、車いすバスケの試合を見たことから「倒れても起き上がれる強い人間になりたい」と、子どもの時に習っていた水泳をもう一度やることに決めた。「水着とゴーグルしか着けられない水泳で、右腕の傷跡をあえてさらけ出せば、もっと強くなれる」。その決意の行方は、パラリンピック入賞などの実績、そして聴衆を前にしてのはつらつとした笑顔が物語った◆肩甲骨等を駆使する義手で弓を持ち、最後にバイオリンを演奏。「なごり雪」「青春の影」、そして「アンコール」の声にこたえ、人と人の出会いの不思議、素晴らしさをうたう中島みゆきの「糸」を奏でた。演奏のあと、ご夫君と3人の娘さんも舞台に登場。5人の笑顔は「糸」の歌詞のように、伊藤さん自身が苦しみの果てに得た出会いから見事に織り成した、温かく大きな布にも思えた。(里)