9月のテーマは「秋」。灘中学校の国語授業で使われたことで話題となった、中勘助の自伝的小説をご紹介します。
「銀の匙」(中勘助著、新潮文庫) 主人公の多感な少年の目を通して、明治の風物や自然が生き生きと語られます。
灘中学校では橋本武氏によって「3年間、国語の教科書は一切使わず『銀の匙』を徹底的に読み込む」という授業が行われ、「奇跡の授業」として各種書籍などで紹介されています。
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ある晩かなりふけてから私は後の山から月のあがるのを見ながら花壇のなかに立っていた。幾千の虫たちは小さな鈴をふり、潮風は畑をこえて海の香と浪の音をはこぶ。(略)そんなにしてるうちにふと気がついたらいつのまにかおなじ花壇のなかに姉様が立っていた。月も花もなくなってしまった。絵のように影をうつした池の面にさっと水鳥がおりるときにすべての影はいちどに消えてさりげなく浮んだ白い姿ばかりになるように。