7月に第171回芥川賞を受賞した、松永K三蔵の「バリ山行」をご紹介します。

 物語 古くなった建造物の外装補修を専門とする会社の営業部に勤める波多。転職して2年、飲み会などの付き合いは避けて妻と幼い娘のいる家へまっすぐ帰る日々を送るうち課内で浮き始めていたが、社内の六甲山登山仲間に加わることになる。毎週の活動は楽しく、登山グッズもぼつぼつとそろえ始めた頃、新たな参加者を迎えた。妻鹿(めが)という彼は変人扱いされている職人気質のベテラン社員。色黒で彫りの深い「縄文顔」、誰ともつるまず淡々と仕事をこなし、言葉つきは丁寧で新人などにも優しいが、現場で見当違いなことをされると「キレる」。

 彼の登山のペースは皆とは違い、道なき道を事も無げに行こうとする。聞けば彼は「バリ」をやっているらしい。バリとはバリエーションルート、規定外のコースを行く登山だ…。

 著者は、「オモロい純文運動」をやっているとのこと。本書を読んでみると、ペンネームから受ける印象とは違い奇をてらった部分はなく、的確な情景・心理描写としっかりした構成という正攻法のアプローチで「オモロい純文学」が紡がれていました。

 主人公の心を捉える身近でワイルドな自然、優しいのにワイルドな人物。主人公の感情がリアルに迫ってくることによって、正攻法の面白さが感じられます。

 妻鹿という人物の造形は素晴らしい。こうした人物は、「自由」が封殺されるような無言の圧力に満ちた、「現代」という過酷な新時代を生きる人々の心を捉える新たなヒーロー像になり得るのかもしれません。(里)