大型連休は過ぎましたが、気候のいい5月は行楽シーズン。今月のテーマは「旅」とします。

 「いちばん危険なトイレといちばんの星空」(石田ゆうすけ著、幻冬舎文庫)

 白浜出身の著者は自転車で87カ国を回り、帰国後その体験を綴った著書が好評を得ています。

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 西アフリカの一国、マリでのことだ。草原にキャンプした翌朝、草をかきわけ道路に出ると、ひとりのチャリダーにばったり会った。(略)年は四十過ぎぐらいだろうか。ものすごい寝癖だ。「私は中国人です。リーといいます」あいさつの言葉を抜かして、いきなり自己紹介を始めた。「世界一周してます。もう二年も走ってるね、五万キロも走ったね!」(略)

「コートジボワールのビザ代はいくらでしたか?」リーさんは平然と言ってのけた。「ビザ? 持ってないよ」(略)握手をしたあと、彼はギコギコと音をたて、コートジボワールに向かって走り出した。結局ビザなしで。(略)

 道の上に棒を立て、倒れた方向に歩いていく。子どものころに抱いていた旅のロマンを、彼の姿に重ねて見ていた。(略)

 ふらふらと頼りなく自転車をこぐリーさんの姿が、だんだん小さくなっていく。その向こうには、広大な褐色のサバンナと、突き抜けるような青空が広がっているのだった。