今月のテーマは「台湾」。NHK「きょうの料理」等で活躍した女性の名エッセイをご紹介します。

 「安閑園の食卓」(辛永清著、集英社文庫)

 政府の要職にあった父を持つ著者は、台南の広大な屋敷で少女時代を過ごしました。台湾の大らかで豊かな食文化、先祖を敬い一族を愛する情の厚さが詩情豊かな温かい文章でつづられる名著です。 

   * * *

 夕暮れどきには六つの炉は一つ残らずあかあかと火が入り、炒めもの、揚げもの、煮もの、スープ、ご飯といっせいに調理していると、たちのぼる湯気の中で油がジージーうなり、鍋の蓋はカタカタ鳴って、台所全体がまるで生きもののように活気づいた。(略)薪割りも、一家を預かる主婦ならば覚えなければいけない大事な仕事で、私たちは時折、母が薪を割る姿を見て育った。小柄な母の手はとても華奢だったけれど、上手に鉈をふるってすぱん、すぱんと裏庭にいい音が響いた。(略)ある日、木片がとんで、はめていた腕輪が割れた。お守りのような翡翠の腕輪だった。(略)戦争が終わって町に戻り、しばらくしたら、また母の手に緑の腕輪がはまっている。割れたところがきれいに金で継がれ、まるでわざわざそうしたような、すてきな腕輪になっていた。母はそれをはめたままの手で、相変わらず薪を割っていた。