「がん患者代表」という身もふたもない肩書をいただき、会議の末席を汚させていただいている県がん対策推進委員会が先日、向こう6年間の新たな推進計画を策定した。
記者として、がんで亡くなる人を少しでも減らすことに貢献できればと思い、以前は患者らが集うサロンにもときどき顔を出していた。委員会はそこで知り合った方に頼まれてメンバーとなり、新たな人脈を得て、人から相談されることもある。
とはいえ、自分は何か事を為したわけでもなく、病に冒され、医師を信じてできるかぎりの医療を受けただけのこと。結果、幸いにも命を長らえることができたのだが、どんなに安全運転を心がけていても避けることができない交通事故と同じく、死なずに済んだのはひとえに幸運だったとしか思えない。
先日、久しぶりに会った知人と話をしていて思いがけず、最近、奥様ががんで亡くなったと教えられた。聞けば自分と同じ珍しい部位。私の病のことを知っていた男性から、過去に同じようながんになっていまも元気な「〇〇さん(筆者)が希望でした」といわれた。
残念ながら、奥様は亡くなられた。自分はいくつか運が重なっただけで、決して人の希望になれるような存在ではないのだが、振り返れば自分も病院のベッドで泣きながら、すがる思いで同じ病を乗り越えた人に暗闇の中の光を見ていた。
中学生のころ、空咳が続くのに病院へ行かない兄に、父が「ちゃんと検査してもらえ」と怒っていた。この何げない傍聞きが父の遺言となって心のどこかに引っかかり、20年前、病気の早期発見に導いてくれた。経験者として一つだけいわせていただければ、自分の健康を過信することなく、病に対しては臆病である方がいいのではないか。(静)