3月のテーマは、広い意味での「卒業」。ミステリー作家中山七里の人気シリーズの一編をご紹介します。

 「どこかでベートーヴェン」(中山七里著、宝島社文庫)

 「さよならドビュッシー」に始まる、岬洋介を探偵役とするミステリーシリーズの第4作。主人公は毎回変わり、それぞれ違う人物の視点から、岬というピアノの腕は天才的でありながら難聴という致命的な弱点を抱える人物が描かれます。

 本書は岬の高校時代の話。この時、岬は耳の病を自覚し、ピアノのプロを目指す道から決別しようとします。主人公は岬に共感するクラスメイト。

   * * *

 肉薄するメロディ。

 きりきりと心を締め上げるリズム。(略)

 これで、本当にお終いなのか。君は音楽と縁を絶ってしまうのか。

 どうか嘘だと言ってくれ。(略)

 最後の一音がしばらく宙空を棚引き、そして幽く消えていく。(略)

 やがて目を閉じていた首が、納得するように一度だけ頷いた。
「今までありがとう」

 目蓋を開いた岬は、ひどく懐かしそうに僕の顔を見た。
「これでもう、悔いはない」

 そう言って僕の肩に手を置くと、静かに音楽室を出ていった。