3月は卒業シーズン。学校の卒業に限らず、一つの世界との別れなど広い意味での「卒業」をテーマとします。

 「ボクの音楽武者修行」(小澤征爾著、新潮文庫)

 先月88歳で他界した、日本が世界に誇る巨匠小澤征爾氏。19歳から21歳まで、ヨーロッパとアメリカで「音楽武者修行」を行った時の記録を26歳で出版しました。2年間の海外生活に区切りをつけ、来日公演を行う師匠のレナード・バーンスタインとともに日本へ足を踏み入れた場面を紹介。

   * * *

 いた、お母さんだ。おやじさんだ。ポンだ。兄貴たちだ。そして、変てこなノボリをおっ立ててなつかしいコーラス仲間の「城の音」の面々。(略)突然バーンスタインが、ぼくの首っ玉にとびついて来た。ぼくは危うく倒れるところだった。「セイジ! セイジ! よかったな、よかったな!」

 首が抜けるくらいぼくを抱きしめて、そう言ってくれた。ぼくは言葉が出なかった。それからしばらくの間、ぼくはバーンスタインの黒マントに抱かれたまま、一人一人指さしながら彼に教えていった。「あれがおふくろ。その隣りがおやじさん…」

 合唱がひびきはじめた。(略)

「あれがセイジの友だちかい?」

「うん」

「そうか、お前はしあわせな奴だなあ」