日本を代表するJ―POPアーティストYOASOBIの「アイドル」が世界的大ヒットを続けている。日本の歌手としては他に前例をみない異例のことである。

 今や日本の音楽はJ―POPを通して席捲している。しかし、昭和の時代、J―POPでなく歌謡曲・流行歌といわれるジャンルがあった。その中には演歌と呼ばれるものもあった。今もあるが、J―POPの大きな波に押され見る影もない。しかし、昭和の時代、演歌の歌姫と云われていた人がいた。それが八代亜紀だ。先日、七十三歳で亡くなった。膠原病だという。

 その八代亜紀に「舟唄」というのがある。わたしの一番好きな歌である。

 ―お酒はぬるめの燗がいい 
 肴(さかな)はあぶったイカでいい
 女は無口なひとがいい
 灯りはぼんやり灯(とも)りゃいい―

 阿久悠作詞、浜圭介作曲だ。

 わたしはお酒は一滴も飲まないが、なぜか八代亜紀が唄うこの歌が無性に身に染みて好きだったのである。哀切であり人生の苦悩を唄っているようにわたしには思え、ほのぼのとした希望さえ見えた。

 作詞家でもある山口洋子(代表曲・五木ひろし「よこはま・たそがれ」)の著作に「演歌の虫」というのがある。直木賞受賞作だ。老齢のディレクターが歌謡界の裏側で苦悩する姿が描かれている。それはどんな世界でも一筋縄にいかない人間模様に通じる姿であった。

 歌謡界ではヒット曲を作るのが第一命題だ。ヒット曲がどのようにして生まれるか、同著の中ではこのように描かれている。

 ――レコードは足でつくる、それが室田(ディレクター)さんの身上だ。以前私にいったことがある。レコードのつくりかたに二通りあって、鳥の目でつくると虫の目でつくるということ。鳥の目は俯瞰するということ、虫の目は下から地上を見上げて直接暖かく、大きく感じたものにゆすぶられて流行歌を作ること。確率は悪いし、スピードもないけど、虫の目しか俺にはできない。(中略)

 ポケットから落ちた一枚の紙をひろって広げてみた。(中略)作者の名前はなかった。

 花が咲いても 泣くボコにゃ
  ほれよみぞれが 降ってくる
  おつつしてねんねしな
  ねてくりょう
  ねなけりゃ おらんとが
  風邪をひく――

 華やかな歌謡界にあって、人生の哀愁がしみじみと伝わる詞ではないだろうか。

 八代亜紀もきっと呻吟していたに違いない。苦悩の呻吟だからこそあの歌が唄えていたのではないだろうかと私は思っている。この本を読みながら昭和の歌姫、八代亜紀のご冥福を祈りたい。

 ぼんやり灯(とも)った灯りが、またひとつ消えた。 (秀)