10月のテーマは「祭り」。今週は、独自の幻想的な作風で人気の作家の短編からです。

 「きつねのはなし」(森見登美彦著、新潮文庫)

 「夜は短し歩けよ乙女」など軽妙な幻想譚の多い著者ですが、本書は不思議な重みのある、極上の怪談文学的作品集です。

 京都を舞台とした表題作のクライマックス。主人公は、行方不明の恋人を祭りの雑踏の中に見いだします。

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 大勢の人がひしめいていて、普段の吉田神社とは別世界のように賑わっていた。夜店が立ち並び、焼き物や甘い菓子の匂いが夕闇に流れていた。
 林檎飴や綿菓子や当て物、夜店の前を通り過ぎながら、こんなに大勢の人間が押し合いへし合いしている中から、一人の女性を見つけ出すことなどできないのではないかと思った。(略)

 携帯電話から耳を離して、夜祭りの喧噪に耳を澄ました。幾重にも重なり合う人声や物を焼く音や器具のうなりの向こうに、小さく、鈴を振るような音が聞こえた。(略)ベビーカステラの甘い匂いが鼻先を流れた。そこに奈緒子は立っていた。ふわりと夢見るような目で、夜店を眺めていた。彼女のぶら下げたハンドバッグの中から、鈴の音のような着信音が響いていた。