「敬老月間」をテーマに、物語で活躍する高齢の登場人物を紹介します。 「走る男」(白石一郎著、講談社「十時半睡事件帖 刀」所収)

 黒田藩(現福岡県)で、隠居から総目付として職務復帰した十時半睡。仕事にも趣味にも打ち込めず出家したいと悩む武士、力石の悩みを解決します。

   * * *

「今度こそ家を捨て、母や妻とも別れ、自分をのっぴきならぬところへ追いつめて…そして」
「たわけ!」
 とつぜん半睡が大喝。
「仏門をおぬしは何と心得る。道楽とでも思うておるのか」(略)
「いっそ誰が見ても何の意味もない、何の役にも立たぬ、そういったものを探し出して、それをやってみい」
「あの、何の意味もない、何の役にも立たぬこと…と申しますと?」
「わしが知るか」
 半睡は横を向き、にべもない口調でいった。
「自分でさがせ」(略)
「父上さま、ちかごろ荒戸町でおもしろいことが流行っているとか」
「何じゃ」
「お侍たちが十人も二十人も一緒になって箱崎やら志賀島まで走るのだそうでございます」(略)
 力石勝八郎が妻のおまちと連れ立って半睡のもとへやってきた。眼の色が落ち着き、表情もいきいきしている。