今月1日から、山田洋次監督による90作目の映画「こんにちは、母さん」が全国で公開されている。先月23日、和歌山市で開かれた先行上映会での山田監督、主演の吉永小百合さんらの舞台挨拶を取材。映画は公開初日に劇場で鑑賞した◆舞台は東京の下町、向島。亡夫の遺した老舗の足袋屋を守りながらホームレス支援のボランティアに励み、活動仲間の牧師に恋心を抱く女性を吉永さんが演じる。大会社の人事部長で、リストラの勧告という辛い仕事や妻との不和に悩む息子は大泉洋さん。大学の授業やマンション暮らしに嫌気がさし、下町の家での祖母との温かい暮らしで生気を取り戻す孫娘は永野芽郁さん。それぞれが不器用にも懸命に生と向き合う姿を、ユーモアを交えて丁寧に見せる。そしてすべての人々のさまざまな生を受け止めるように悠々と流れる隅田川が、陽光にきらめき美しく描かれる。ラストの花火は、彼等のひたむきな生に山田監督が贈る、祝福と応援のファンファーレのようだ◆舞台挨拶で吉永さんは、1カ月足袋づくりの勉強をしたことを明かした。足袋を介した亡夫との思い出を孫娘に語る重要なシーンも見どころの一つ。大画面に体ごと向き合って、彼等の生き生きした表情や仕草、昔ながらの下町の老舗のたたずまいに触れるうち、深い部分での人間そのものへのシンパシーが心に響いてくる◆山田監督は舞台挨拶の最後に、「映画館で見知らぬ人と一緒に大声を上げて笑ったり、涙をふいたり、そういう楽しみをどうか忘れないで」と言われた。人間への素朴で根源的な信頼。何かと不安をあおられる今の時代、こういう心こそ切実に求められているのではと思える映画体験だった。ぜひ劇場で観ていただきたい。(里)