100年前の1922年、「日本のアンデルセン」と呼ばれた童話作家の小川未明が「野ばら」という童話を発表した。隣り合って戦争をする大きな国と小さな国の兵士が互いに心を通わせる物語である◆大きな国の兵士は老人、小さな国の兵士は青年。国境の碑のそばには野ばらが咲き、2人は毎朝そこに集まる蜜蜂の羽音で目を覚ましては言葉を交わし、親しさを深めていった。だが2つの国は戦争を始め、青年兵は前線へ行って消息を絶つ。残された老兵士は、旅人から「小さな国が負けて戦争が終わり、その国の兵士は皆殺しになった」と聞かされる。そして老兵士は夢の中で青年兵に会う◆タイトルは花の香り高さと美しさを感じさせる。老兵士の夢の中で、青年兵は黙って礼をして、野ばらの香りを吸い込んでいた。その香気、そして花の美しさは、人と人が心を通わせた時にそこに自然と生まれる温かいうるおいを表しているかもしれない◆この作品を、これまで3つの形態で鑑賞した。小学校にやってきた劇団かかし座の影絵劇、国語の教科書に掲載されていた原文、阿保美代さんという漫画家に翻案された漫画。そして先ごろ、朗読という4つ目の形態で味わうことができた◆読み聞かせサークル「泉のひろば」の朗読会で、この作品を映像を映すことなく朗読のみで表現。それだけに、物語そのものを久しぶりにしみじみと味わえた。素朴な文で、人と人との温かいつながりも何もかも、いとも簡単に奪ってしまう戦争の理不尽さが迫ってくる◆第1次世界大戦終結後も不穏な状態にあった世界を憂えて、この物語は書かれた。1世紀を経てもなお、現実に大きな国と小さな国の間で戦火が起こっていることに言いようのない怒りと焦燥を覚える。(里)