二十数年前、大学を卒業してすぐ記者になった。美山育ちでほぼ土地勘はなかったが、取材でいろんな人に会い、初めての場所に行くのはとても新鮮で、おもしろい仕事だと感じた。

 最初は記事の書き方が無茶苦茶で、よく当時の編集長に叱られながら何度も書き直しをしてようやく紙面に掲載。トップ記事になった時はうれしかったし、入社から1年経って初めて書いた「日高春秋」では、由良町でのカワウソ散策を題材にしたのをいまでもしっかり覚えている。また、会社に入るまで新聞の影響力というものを感じたことはなかったが、小さな記事でも結構見ている人が多く、喜んでくれたり、褒めてくれたり。半面、記事への不満やおしかりもあり、それらを含めて反響があることにやりがいを感じ、また物事を伝える仕事の大切さと責任を痛感させられた。

 最近はどうだろうか。あの取材も行かないと、この記事も書かないと…日々の忙しさにかまけて、一つ一つの仕事を何か機械的にこなしているだけのような気がしないでもない。時間は自分でつくるものだが、昔のようにワクワクする感情を持って仕事ができているのだろうか。

 先日、南部高校で同校食と農園科第1期卒業生の日野岡真季さんが講演。パン屋さんに就職して働くうえで必要だと感じたことや将来の目標などを語った。人前で堂々と発表する姿に感心したが、何よりも印象的だったのは「何でもそうですが、楽しんでやれば何倍も上達が速いです」という話。後輩の生徒たちにも思いが伝わっただろうが、弱冠二十歳の若者の言葉が、一番心に刺さったのはアラフィフの筆者だったかもしれない。(吉)