秋はお月見の季節、今月10日の月は中秋の名月。9月のテーマは「月」とします。

 「野菊の墓」(伊藤佐千夫著、新潮文庫)

 少年少女の純愛を描いた、日本文学の名作。1981年、松田聖子主演で映画化されました。

 15歳の少年と2歳上の従姉との淡い恋を描いた短編で、著者の最初の小説。進学を控えた主人公の政夫と従姉の民子の2人が、別れ別れになる前にと連れ立って朝から山の畑へ出かけ、帰りが夜になってしまったという場面で月夜の美しさが描かれます。

   * * *

 半分道も来たと思う頃は十三夜の月が、木の間から影をさして尾花にゆらぐ風もなく、露の置くさえ見える様な夜になった。今朝は気がつかなかったが、道の西手に一段低い畑には、蕎麦の花が薄絹を曳き渡したように白く見える。こおろぎが寒げに鳴いているにも心とめずにはいられない。

「民さん、くたぶれたでしょう。どうせおそくなったんですから、この景色のよい所で少し休んでいきましょう」

「こんなにおそくなるなら、今少し急げばよかったに」(略)

 月あかりが斜にさしこんでいる道端の松の切株に二人は腰をかけた。目の先七八間の所は木の陰で薄暗いがそれから向こうは畑いっぱいに月がさして、蕎麦の花が際立って白い。