8月のテーマも7月に続いて「暑い夏」。夏が大好きだという村上春樹が、芝生刈りのアルバイトをする若者を主人公に書いた短編をご紹介します。
「午後の最後の芝生」(村上春樹著、中央公論社「中国行きのスロウ・ボート」所収)
1983年に出版された短編集で、7編を収録。「午後の最後の芝生」はその前年、「宝島」に掲載された短編です。現在までに膨大な短編を書き、それが映画化されたりしている著者ですが、この当時から、淡々と日常を描写しているだけのようで、実は映画化したくなるようなドラマチックな要素を内に含む短編を書いていました。
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太陽はどんどん中空に近づき、気温はどんどん上っていた。(略)庭が六十坪もあると、短い芝でも結構量を刈ることになる。太陽はじりじりと照りつけた。僕は汗で濡れたTシャツを脱ぎ、ショートパンツ一枚になった。まるで体裁の良いバーベキューみたいな感じだ。こんな風にしているとどれだけ水を飲んでも小便なんか一滴も出ない。全部汗になってしまうのだ。(略)
下から見上げると、彼女はくすの木みたいに見えた。彼女は右手にグラスを持っていた。グラスの中には氷とウィスキーが入っていて、それが夏の光にちらりと揺れていた。