7月8日の安倍元総理銃撃から1週間が過ぎた。当日はニュースをずっと見ながら、リンカーンやケネディら志半ばで凶弾に斃(たお)れたアメリカ大統領を思い出していた◆日本国内でこれまでに暗殺された総理・総理経験者は6人。初代の伊藤博文をはじめ、平民宰相と呼ばれた原敬、ライオン宰相と呼ばれた浜口雄幸、五・一五事件で犠牲となった犬養毅、二・二六事件で犠牲となった高橋是清と斎藤実の各氏である◆五・一五事件については詳しく調べたことがあり、印象に残っていた。家族の回想によると、犬養首相は官邸で、銃を手にした青年らを15畳の広い日本間へ誘った。自身を取り囲む青年らに煙草を勧め「まあ靴でも脱げや、話をきこう」と言っているところへ、後から入ってきた将校が「問答無用」と叫び、次に入室した将校が発砲したのだった◆犬養首相は将校らが逃走したあとも息があり、「呼び戻せ、今の若いもん、言って聞かせることがある」と家人に言っていたという。無念さがしのばれる。膝を突き合わせて相対し、真情に耳を傾け、言葉を交わせば心を変えることも可能であるとの信念、人間本来の持つ「言葉の力」を信じる姿勢がそこにある◆ウクライナ侵攻もそうだが、暴力が対話を封じる理不尽さを実感させられる事件が、世界で続いている。今回の銃撃はテロと呼べるかどうか分からないが、「世界的にみて、テロを止めるのは万全な警備だが、中長期的には社会的に孤立する若者を減らすことが有効だ」とする意見をテレビで見た◆追いつめられる人をつくらない社会、それを実現するにはやはりよい政治、よい政治家が必要とされるのだが。(里)