コロナ禍の中、久しぶりに観客を入れて行われた大相撲7月場所。優勝はかつての大関、現在は前頭十七枚目の照ノ富士関であった。大関の経験者が陥落後、平幕で優勝するのは44年ぶりという◆照ノ富士関については、忘れられない映像がある。どんな場面だったか明確な記憶がないのだが、確か5年ほど前、大関に昇進する直前と思う。重要な局面で勝利を決めたあとのインタビュー。照ノ富士は抑えても抑えきれない、イタズラっ子のような天真爛漫な笑いを「にか~っ」と顔いっぱいに浮かべた。質問には一応顔を引き締めて答え、取材を終えるとまたこみあげてくる笑いを押さえつけながら画面から外れていった。よっぽどうれしかったんだろうなと微笑ましかった◆しかしその後、膝のけがなどを抱えて苦しい戦いを繰り返し、あの天真爛漫な笑いは影を潜める。笑顔どころかその表情はだんだんけわしく、眼光の鋭さばかり目につくようになった。17年春場所、当時の新横綱・稀勢の里との一番ではどちらも手負いの対戦だったが、声援は多くが新横綱に送られ、照ノ富士はこの時ほとんど敵役だった。それから今月2日まで、彼に笑顔が戻るのを見ることはなかった◆一時は序二段にまで番付を落とし、引退を考えた。「やめるにしてもやめないにしても、まず体を治せ」と師匠の伊勢ケ浜親方が説得したという。「いろいろあったけど、こうして笑える日が来ると思ってやってきた」。かみしめるようにそう言う顔に浮かんだのは、しかしあの明るい笑いではない。もっと深みのある、複雑な感慨である。審判部長として優勝旗を渡すまでの間、伊勢ケ浜親方が何度もこぼれる涙を手で拭っていたのが印象に残った。(里)