「わしが10歳のとき、B29が飛んできて爆弾を落とした。わしの家族は丸3日間、防空壕で暮らさなければならなかった。出てきたときには街は完全に消え失せていた。そしてまもなく、黒い雨が降り出した」。

 リドリー・スコット監督の映画「ブラック・レイン」で、若山富三郎演じるヤクザの親分が米国人刑事に向かってすごむ。米国は日本を焼き尽くし、戦後は自分たちの価値観を押しつけた。そのせいで、佐藤(松田優作)のようなワルが大勢生まれたんだ――。

 映画では、黒い雨はB29が投下した爆弾によって引き起こされたことになっているが、実際は違う。落とされたのは人類史上初めて実戦使用された原爆で、広島に投下された原爆が炸裂後、重油のような大粒の黒い雨が1時間以上も降り続いた。

 高レベルの放射線を帯びたその雨に打たれた人は髪の毛が抜け、大量吐血など急性放射線障害の症状を呈した。広島出身の井伏鱒二は被爆者の日記を基に、この雨で被爆した女性の苦悩を描いた小説「黒い雨」を執筆した。

 先日、被爆者らが広島市と県に被爆者手帳の交付を求めた訴訟の判決があり、裁判長は従来の大雨地域を援護対象とする国の制度を否定。「雨はより広範囲に降ったことが確実に認められる」とし、国が定める援護区域外にいた原告全員が黒い雨に濡れ、健康被害が出たと認めた。

 あの悪夢から75年。原告にとっては「やっと」の勝訴。広島市も県も裁判では被告となったが、実際は原告側に寄り添い、国に対して援護対象区域の拡大を求め続けた。

 原告の当事者は国から見捨てられた二重の苦しみが続き、どれほどの恐怖、不安、悲しみ、怒りだったか。判決で原告、遺族の傷ついた心が少しでも晴れれば。(静)