1953年の「7・18水害」から67年目を迎えた18日、犠牲者の冥福を祈ろうと、御坊市薗の橋本由枝さん(80)や令和薗子供会のメンバーらが天田橋で供養を行った。

 橋本さんの夫で水害時、濁流のなか残った天田橋の橋脚にしがみつき、一夜を過ごした克彦さんが毎年続けてきた供養。昨年亡くなった克彦さんの遺志を、由枝さんや10年ほど前から克彦さんに同行していた薗の会社員西川徹也さん(50)らが継いだ。

 今年は西川さんが会長を務める令和薗子供会の歴史勉強「小さな慰霊祭」として、メンバーの園児や小学生も参加。保護者や地域住民らも加わり、常照寺の柳岡正澄住職の読経の中、それぞれ手を合わせて酒を流した。

 由枝さんは「今年は地域の子どもたちも一緒で寂しくなく、夫の思いを込めて祈らせてもらいました」。西川さんは「当時、日高川の河口や塩屋の漁港には山積みの遺体が揚がり、遺族の方は泣き叫びながら、誰のか分からないまま骨を持ち帰ったそうです。子どもたちにも知ってもらって戒めになればと思います」と話していた。

写真=天田橋で手を合わせる参加者